この記事の結論
2024年4月、ロンドンを歩いていて、弁当が日本のものではない、という事実に気づきました。
寿司ドッグ、SAKURADO、shibuya soho+、Japan Centre、itsu。
そして Foyles の本棚に並ぶ日本。
日本食は、商品ではなく文化として並んでいた。
「終わった」と思っていたソトメグロ弁当を、再起動するという判断が、その街角で動きました。
机では出てこない種類の判断でした。
コロナ明けのロンドンで、何かが変わっていた
2024年4月、ロンドンへの出張がありました。

コロナ前にも何度も訪れていた街です。
当時も WAGAMAMA や WASABI に衝撃を受けていました。
ただ、4年ぶりに歩いた Soho と Shaftesbury Avenue は、別の風景になっていました。
驚きではなく、悔しさが先に立つ景色でした。
寿司ドッグは、恵方巻きの形をしていた
歩いていて目に入ったのは、SUSHIDOG という店です。
ロール寿司を、片手で食べられる形にして売っています。

これは恵方巻きではないか、と思いました。
ただ、節分の一日だけではなく、年中売れる商品として設計されている。
形式を変えただけで、文化が再定義されている。
最初に動いた感情は、悔しさでした。
高い。けれど、行列がある
shibuya soho+ には、行列がありました。
Japanese home cafe を名乗り、テリヤキ、カツ、うどん、おにぎり、ビンス、クロッフルまで並べています。

苺のショートケーキ £6.20、Yuzu Tea £4.50。
日本円で 1,800 円ほどの組み合わせです。
近くの SAKURADO LONDON では、同じ苺のショートケーキが £7.50。
The UK’s No.1 Matcha Mille Crepes と看板に書かれていました。

正直に書くと、味として「ものすごく美味しい」と感じたわけではありません。
それでも、行列がある。それでも、その値段で成立している。
美味しさだけが、売れる理由ではない。
売れている理由は、その先にある「日本という文化」のほうにありました。
Japan Centre の £14.75 のちらし丼
Japan Centre に入ると、もっと直接的な現場がありました。

White Rice Fresh Don Chira。
日本式のちらし丼が、£14.75 で売られていました。
日本円で 2,800 円前後です。
スパークリング日本酒「澪」が £9.99 で並び、出汁パックが棚に積まれている。
日本食材は、値段が下がる場所ではなく、文化として並ぶ場所に置かれていました。
本屋に、日本があった
Foyles の本棚に、Chris Broad の Abroad in Japan が NUMBER ONE BESTSELLER として平積みされていました。
柚木麻子の バター が、英訳版で大量に積まれている。

そして「JAPAN The Cookbook」が、地中海・インド・マレーシア・ギリシャの料理本の中央に、ハードカバーの金で置かれている。
商品ではなく、カテゴリとして日本が並んでいる。
本屋がその時代の文化指標であるならば、ロンドンの2024年は、日本が文化的なカテゴリとして確立した年だったのだと思います。
itsu が、弁当を翻訳していた
決定打だったのは itsu でした。

「health & happiness」「eat beautiful」を掲げ、rice’box salads を £6.99 で売っている。
ミソサーモン、チキン、キングプロウン、ベジボール。

これは、ローカライズされた弁当でした。
英国のチェーンが、弁当という形式を「日本のもの」としてではなく、忙しく働く人の昼食の標準形として再定義しています。
itsu は弁当という言葉を使っていません。
ただ、現場の構造は、弁当そのものでした。
ロンドンから、東京に電話した
歩きながら頭に浮かんだのは、ソトメグロ弁当のことでした。
ソトメグロ弁当は、コロナ禍に始めた事業です。
外食が止まり、人の動きが変わるなかで、食を届けるために立ち上げました。
その役割は、一度終えたと思っていました。
東京で見ていれば、「終わったもの」でした。
ロンドンで歩いていると、「始まったばかりのもの」に見えました。
その日のうちに、東京のチームに電話をしました。
ソトメグロ弁当を、もう一度立ち上げ直す。
世界に誇れる弁当文化で、もう一度勝負する。
判断は、街を歩いた身体の側から動きました。
机では出てこない種類のものでした。
商品ではなく、文化を売る
ロンドンで見えたのは、もうひとつ大きな視座でした。
日本の食を世界に出す、というとき、私たちは「商品の輸出」を前提にしがちです。
ただ、ロンドンで売れていたのは、商品ではありませんでした。
「日本という文化の一部」として、その商品が選ばれている。
弁当は、四角いプラスチック容器に詰められた日本の昼食、ではない。
忙しく働く人たちが、機能と心地よさを両立させて持ち運ぶ、世界の昼食の一形式である。
この再定義ができれば、弁当は世界の市場に立てる。
あの日の Soho と Shaftesbury Avenue が、私の弁当の輪郭をもう一度引き直した街でした。
連載「歩いた街と、判断の地理学」とは
連載「歩いた街と、判断の地理学」とは、私の判断が動いた街を、地理の順に書いていく記録です。
シンガポール、香港、ロンドン、NY、メルボルン、ソウル。
会議室では見えないものが、街を歩くと見えることがあります。
※その後ソトメグロ弁当は「拡大しない判断」へと別の局面に進みました。
詳しくは →「広げるよりも、深く向き合う。ソトメグロ弁当の拡大をやめた理由」
よくある質問(FAQ)
Q. なぜ、ロンドンで弁当を再起動する判断が動いたのか?
A. 2024年4月のロンドンで、寿司ドッグ、SAKURADO、shibuya soho+、Japan Centre、itsu、Foyles の本棚と、街全体に日本食が文化として並んでいる景色を見たからです。「終わった」と思っていた事業が、世界の現場では「始まったばかり」に見えました。
Q. itsu の rice’box salads が、なぜ重要なのか?
A. 英国のチェーンが、弁当という言葉を使わずに、弁当の構造をローカライズして売っているからです。これは、弁当が「日本のもの」ではなく、世界の昼食の一形式として再定義され始めている証拠でした。
Q. ソトメグロ弁当とは、どんな事業ですか?
A. コロナ禍に始めた弁当事業です。外食が止まる中で、食を届けるために立ち上げました。2024年4月のロンドンでの判断を経て一度再起動し、その後さらに「拡大しない判断」へと進んでいます。
Q. 「悔しさ」を、判断の起点にしていいのか?
A. 数値や戦略よりも、現場で動いた感情のほうが、判断の質を上げることがあります。悔しさは、自分の事業の射程と、現場の事実とのズレを身体が先に感知したサインです。
Q. 「商品の輸出」と「文化の輸出」は、何が違うのか?
A. 商品の輸出は、価格と機能で勝負します。文化の輸出は、その商品が属する世界観で勝負します。ロンドンで売れていた日本食は、後者の枠組みで並んでいました。
Q. なぜ、判断は会議室ではなく街で動くのか?
A. 会議室では、すでに整理された情報しか集まりません。街では、整理される前の事実が、身体の側から先に届きます。整理される前の事実が、判断の起点になります。